Contents
はじめに:ケーブルの中で交わされる“会話”
スマホを充電するとき、ケーブルを挿した瞬間に何かが始まっている。それは、ただ電気が流れているだけではなく、充電器 (Source) とスマホ (Sink) が“会話”。
この会話の名前は「USB Power Delivery (PD)」。
電流を流す前に、「どれだけ流していいか」「どんな電圧が必要か」をちゃんと話し合っている。まるで、電気の世界の交渉術。
PDの交渉ステップ:電流の“言語”を分解する
USB PDは、単なる電源供給ではなく、プロトコルに基づいた通信で成り立っている。その流れは、ざっくり言うと以下のようなステップで進む。
① ケーブルを挿す(物理接続)
- Type-Cのコネクタが接続されると、CCピン (Configuration Channel) で接続状態を検出。
- Source (充電器) は「誰か来たな」と気づく。
② 初期ハンドシェイク (Hello)
- Sourceは「私は最大20V・5Aまで出せるけど、どうする?」と提案 (Source Capabilities)。
- Sink (スマホ) は「じゃあ、9V・2Aでお願い」と応答 (Request)。
③ 合意 (Accept)
- Sourceは「OK、9V・2Aでいこう」と承認 (Accept)。
- その後、電圧が5Vから昇圧され、電流が流れ始める。
この一連の流れは、すべて数十ミリ秒の間に行われる高速な“会話”。しかも、電気信号で交わされる“言語”は、SOP (Start of Packet) という形式で構造化されている。
会話の中身:パケットの構造をのぞいてみる
USB PDの通信は、BMC (Biphase Mark Coding) という方式でCCライン上に送られる。
その中には、以下のような情報が含まれている:
- ヘッダ:通信の種類 (Source Capabilities, Request など)
- データオブジェクト:電圧・電流・ロール (Source/Sink) などの詳細
- CRC:通信の正しさを確認するチェック値
つまり、PD通信は「電流を流す前に、ちゃんと自己紹介して、条件を提示して、合意してから始まる」
まるで、丁寧なビジネス交渉のようなやり取りが、ケーブルの中で行われているのだ。
なぜこんなに複雑なのか?
理由はシンプル。安全性と柔軟性のため。
- 機器ごとに必要な電圧・電流が違う
- ケーブルの性能もバラバラ (E-Marker ICで通知)
- 間違った電圧を流すと、機器が壊れる可能性もある
だからこそ、PDプロトコルは“電流の言語”として、正確な意思疎通を重視している。
少し詳しい説明
通信内容を少し詳細に説明
通信内容を細かく見ると次のような流れになっています。
- 物理的にケーブルが接続されたことを検知
- コネクタの「表か裏」を検知
- Source(給電側)とSink(受電側)の関係を確立
- USB Type-CケーブルにVconnが必要かどうか(eMarkerが内蔵されているか)どうかを検知
- VBUSから供給される5V電源の電流値を検知(3A, 1.5A, 500mA)
- 【5Vより高いVBUS電圧を利用する場合】(Power Negotiation)
- 【DisplayPortなどUSB通信以外の拡張機能を利用する場合】Alternate Mode
5まではUSB Type-Cで規定された内容、6と7がUSB PDの仕様に沿ったやりとりです。
USB PD未対応のType-Cコネクタでも接続の初期段階では、USB PDと共通の処理が行われます。そのため、USB PD対応と未対応の機器が同士が接続されても不具合が発生することはありません。
出力できる電圧
最新のUSB PD 3.1では最大48Vの電圧を出力でき、供給できる電力は最大で240W(48V×5A)となりました。それまでは最大電力は100W(20V×5A)でした。
ちなみに、USB PD未対応のUSB Type-Cでは電圧は5Vのみ、電力は15W(5V✕3A)が最大。
USB PDでは、供給可能な電力の表示に応じて必ず出力可能な電圧と電流の組み合わせが決まっています。
| 供給電圧 | 5V | 9V | 15V | 20V |
|---|---|---|---|---|
| 15W | 5V × 3A | |||
| 27W | 5V × 3A | 9V × 3A | ||
| 45W | 5V × 3A | 9V × 3A | 15V × 3A | |
| 60W | 5V × 3A | 9V × 3A | 15V × 3A | 20V × 3A |
| 100W | 5V × 3A | 9V × 3A | 15V × 3A | 20V × 5A |
5A出力にはE-Marker搭載のケーブルが必要。
240W出力への拡張
USB PD 3.1では、最大電力を100Wから240Wに拡張する EPR (Extend Power Range) 機能が追加されました。EPRへの対応はオプションです。
従来USB PD 3.0 の100Wまでの仕様は SPR (Standard Power Range) として USB PD 3.1 に含まれています。
| 供給電圧 | 5V | 9V | 15V | 20V | 28V | 36V | 48V |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 140W | 5V × 3A | 9V × 3A | 15V × 3A | 20V × 5A | 28V × 5A | ||
| 180W | 5V × 3A | 9V × 3A | 15V × 3A | 20V × 5A | 28V × 5A | 36V × 5A | |
| 240W | 5V × 3A | 9V × 3A | 15V × 3A | 20V × 5A | 28V × 5A | 36V × 5A | 48V × 5A |
おわりに:電気の世界にも“会話”がある
USB PDは、単なる電源供給ではなく、電気の世界のプロトコル=言語。
その“言語”を理解することで、私たちはより安全に、より効率的に、よりスマートに電気を使えるようになる。
